鎌倉高校の何気無い日常 再び 3
「OK、敦盛。望美のところに行ったらだな、何でもいい、疑問点は何でも望美に質問しろ」
「し、しかし将臣殿、それでは神子の勉学に支障をきたすのではないのだろうか?」
「いいか、ここが肝心なところだから心して聞けよ。
あいつとあいつの教室にいる40人近くの仲間の命は、お前がどこまで望美に質問できるかにかかっている」
「そ、そうなのか? ……分かった、心しておこう」
「ああ。しつこく、数多く質問してくれ。それと、もう一つ」
「ま、まだ、あるのだろうか?」
「ああ、望美がもし万が一、食品を触ろうとしたり、料理をしようとしたら」
「したら……?」
敦盛が、普段とは違って真剣な表情の将臣に、事態の深刻さを察し、緊張してゴクリと唾を飲み込んだ。
「とっておきの笑顔をふりまいて、『自分に、やらせてはもらえないだろうか?』って
胸のところに手を当てて、そう言え」
「と、とっておきの笑顔をふりまいて」
「そうだ」
「む、胸に手を当てて……?」
「Yes」
「む、難しいものなのだな」
「これはお前にしかできないんだ。信じてるぜ」
「わ、私とて武門の子。この平敦盛、将臣殿の期待に答えられるよう微力を尽くそう」
「ああ、期待してるぜ」
「お前達は、何があっても、どんな状況になっても、2人はいないものとして粛々と調理実習を遂行してくれ」
「楽勝」
「それより、そんなことくらいで大丈夫なのかよ、有川?」
「ああ、大丈夫。譲の時だって上手くいったろ」
「まあ、そうだったな」
「OK、じゃ、しつこいけど、絶対に聴講生の面倒は望美にさせて、お前達、絶対に手ぇ出すんじゃ無ぇぞ、いいな」
「大丈夫だって」
「そうそう、それからもう一つ」
「なんだよ、有川」
教室中がウンザリして将臣の言葉を聞いた。
「そいつ、どういうわけか望美のことを『ミコ』と呼ぶが、気にしないでくれ」
「『ミコォ』?」
「何で『ノゾミ』が『ミコ』なんだ?」
「何でだかはオレも知らないが、どうも知り合った頃に勘違いがあったらしい」
「勘違いぃ? どんな勘違いだ?」
「それは、オレにも分からねぇ。分からねぇが、そう言うことだから気にしないでくれ」
「まぁ、な。それくらい」
「ああ、大丈夫だって、有川」
「OK、じゃ、俺は言ったからな。健闘を祈ってるぜ」
有川将臣は、意味ありげに笑って、教室を出ていった。
「何だぁ、有川?」
その時点で、有川将臣の忠告の真意も、意味ありげな笑みの理由も、
残念ながら理解できる生徒はこの教室に1人もいなかった。
席に着くなり敦盛は、将臣の忠告を忠実に遂行しはじめた。
「み、神子。皆が腰に巻いている前垂れのようなものと、頭に着けているものは何なのだろうか?」
「え? ああ、敦も…、コホン、敦紀さん。あれは『エプロン』と『三角巾』です」
「『えぷろん』と『さんかくきん』……。何故、そのようなものを身にまとっているのだろうか?」
「これから料理をするからですよ」
「し、しかし、譲も将臣殿も自宅の厨房に立つ時に、そのようなモノを身に着けてはいなかったと思うのだが」
「そうですね……、う〜ん……、それは、この授業での調理は大事だから
ほら、ちょうど武士が戦に臨む時、鎧甲冑を身に着けるじゃないですか、それと同じで
気が引き締まるというか、覚悟を決めて臨むというか」
「そ、そうなのか。た、たいへんな事をこれから行うのだな」
(春日さん、心構えは立派だけど、その前に『衛生的』って説明がどうして出ないの?
っていうか、あなた、調理実習ってそれ程までの覚悟で臨むものだったの?)
(望美ちゃん、違うって! ああ、あの敦紀って人も何で納得しちゃうの??)
(春日ぁぁぁ!!)
「で、では私はしなくても良いのだろうか?」
「そうですね。敦紀さん、私のします?」
(望美! 私の! 私のをしてもらって! ……って言いたい! 言いたいけど!)
(あああああ、有川君の言ってたことって、これなんだ! つらいよ〜)
(俺の、俺のをしろよ! 春日、おまえのって桃色っていうのか桜色っていうのか、ピンクのフリフリ付き
女子用だろう! とりあえず、男なんだからさ、男用を……。でも、ホントに男なのかよ、こいつ)
(ああ、5分頂戴よ! 妹が1年にいるから! 妹から借りてくるから!)
(俺! 俺、予備にって三角巾がわりにバンダナ持ってっから、それを)
(あああ、なんで有川にあんな約束しちゃったんだろう!!)
「い、いや。そうすると神子の装備が無くなってしまう」
「別に大丈夫ですよ」
(春日さん! 大丈夫じゃないでしょう! 大丈夫じゃ)
(望美ちゃん、私の!)
(ああ、5分頂戴! 5分!)
(春日ぁぁぁ!!)
「いや、それはできない」
「じゃぁ……、ちょっと他のクラスに行って借りてきます」
「大丈夫、なのだろうか」
「ええ。敦紀さん」
(か、春日さん! 『ええ』じゃ無いでしょう『ええ』じゃ! どのクラスに行っても授業中よ!)
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って立ち上がり、調理実習室の入口に向かう望美だったが、ふと背後に不穏な空気を察して振り返る。
クラス中の視線が敦盛に集中していて、望美が振り返った瞬間に慌ててその視線が虚空を漂ったのだった。
「……」
望美は敦盛の席まで戻る。
「? 神子、どうしたのだろうか?」
「敦紀さん、やっぱり一緒に行きましょう」
「?」
「ほら、この人に貸すのだからって言った方が、納得してくれ易いと思うんです」
「ああ、私からも直接、謝辞が述べられるのだな。分かった」
敦盛の手を引いて入口へと向かう。
(春日さん! 授業中だってば! 気付いてちょうだい!!)
(望美ちゃん、なにも手 つながなくても!)
(春日ぁぁぁぁ!)
(チェッ!!)
40人近い人数分の視線が、望美の背中に突き刺さる。望美は背中が痛かった。
ドアに手を掛けて、開いた
のだが、望美は顔色を変えて、慌ててそのドアを閉める。
「? 神子、どうしたのだろうか?」
「え? ええ……」
(これは春日さんに対しての発言になるのだからOKよね、有川君)
「か、春日さん、どうしたの?」
「せ、先生……」
春日望美は、ドアと鈴木先生を見比べて、明らかに狼狽えていた。
そんな春日望美の困惑した顔を見たことがなかった家庭科教諭は、入口に行き
望美に代わってドアを開き、途端に目眩を覚えて、慌てて閉めてしまった。
そして、一呼吸、大きく息を吸って…、吐いて…、そして再びドアを開いて言った。
「校長先生! 教頭! 事務長に地歴の雨宮主任まで! 何、やってるんですか!」
「何って……、なあ、教頭…」
「え、ええ……、これが必要なんじゃないかって」
「そうそう。雨宮君が言うものだから……さ」
「え? お、俺ですか?? あ、いや、その……」
「事務の方で、準備しましたからって、私、言ったんですけど」
調理実習室前の廊下には、この他にも大の男が五、六人、手に手にエプロンや三角巾を持って立っていた。
「事務長のは、学食のおばちゃん用の割烹着じゃないですか!(そんなの、この子に着せるつもり!!!)」
「いや、でもこれ、新品だから」
「そういう問題じゃありません!」
「じゃぁ、どんな問題があr」
「却下です! 事務長!!」
「何も、そんなに頭から怒鳴らなくても……。新品なのに…」
「教頭先生のは、去年の文化祭のメイド喫茶のでしょう!」
「い、いやぁ……。似合うかなって、ちょっと思って……、ね」
「ね、じゃありません! (ああ、似合う! 教頭、グッジョブ!! 似合うと思います! でも……)」
「これ、去年の文化祭の時、2年1組の衣装ですね」
「え! それ、あたしの!!」
「(あ! バ、バカ!)」
「(何で、そんな事、ここで言っちまうんだ!)」
「(だって、だって、恥ずかしいんだもん! あれ、資料にって被服室に飾ってあったやつだよ)」
「(いいじゃん、香代ちゃんの着てもらえるんだから、《というより平さんのメイド姿見れるんだから!!》)」
「(だって、だって、仕付け糸取ってないとこ有るし、
ミシン、真っ直ぐかかってないし、シミもついてるんだよ!)」
「敦盛さん、メイド服、着てみます?」
「え? い、いや、しかし……、や、やはり、それは……」
調理実習室、及び廊下も含めた鎌倉高校の一部が、尋常ではない期待に膨らんでいくのだった。
10/08/21 UP